三国志の諸葛亮と司ばい(すいません漢字忘れてしまいました)はどちらが頭よかったのでしょうか?
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諸葛亮です。
「死せる孔明生ける仲達を走らす」ということわざがあるくらいですから。
http://www.sanabo.com/kotowaza/arc/2004/01/post_543.html
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シバイです、〔死せる孔明 生ける仲達を走らす〕 というのは 勝ちすぎて国内に敵を増やしたくなかったシバイが わざと逃げたのだといわれています。 @吉川栄治作 十八史略参照。 シバイは国内で生き残るために 戦功をあげすぎないようにしていたと言われています。 孔明よりも他人を操る力に長けていたのではないでしょうか。
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正史をある程度知っている人なら司馬懿を挙げる人も多いだろうが
あえて、ここは諸葛亮を挙げたい
第一次北伐の時、魏延が分隊を率いて一気に長安を衝くという作戦の提案を否定した。
何故、この策を否定したか?
趙雲の軍を囮に使い長安を襲うそぶりを見せながら、本隊はき山へ向かった
ここは魏の領地だが半分外国のような辺境の地である
北伐三回目の時は涼州の武都群と陰平軍を勢力下に治めている
実は、諸葛亮ははなから魏を倒す事を考えず国境周辺の要地を取ろうとしていたふしがある
戦略眼はあるわけだ
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諸葛亮孔明様です。
シバイはものの見事に疑りすぎて、死んでいる孔明様にだまされましたからね。
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(´・ω・`)両者共に失点がありますがここは司馬懿でしょう
諸葛亮は人物眼においては下の部類です
指揮官として致命的だと思います
街亭で馬謖を用い
姜維・楊儀など彼が用いた人物はいかんとも評価しがたい
さらに彼は楽毅をリスペクトしているのが決定的に駄目(実力不足)
劉備の遺言に対し補佐の姿勢を示したが
劉禅が器でないのなら遺言どおり主となるべき
結果として器でないものを君に据えるのは
多くの同胞を死なせることを意味し、ひいては劉禅の命も危険にさらすことになります
もちろんそれをよしとしないものが乱を起こす可能性があるので必ずしも良い方法とは言えないでしょうが
ただ自分なら補佐しきれると判断したなら傲慢
劉禅の器を誤解していたのなら最悪の人物眼
劉禅に器無しと判断したうえなら自己満足
さらに劉備の「馬謖を使うな」という遺命も無視しています
司馬懿が優れていることに対する評価というよりも
なんでもかんでも自分でやろうとした諸葛亮に対する失点による評価ですが
少なくとも演義孔明のようなスーパーマンには程遠いので
どちらが優れているかならそれは司馬懿と判断します
(´・ω・`)では追記させて頂きます
龐統は優れていたでしょうが早世しているため評価するべき実績が少なく
それだけ失点も少ないので諸葛亮、司馬懿と比較すると少し不公平ではなかろうかと思います
なので龐統を加えると結論を出すことは小生には出来ません
ちなみに夏侯惇ですが
所詮、日本語読みなので「とん」「じゅん」どちらで呼ぼうが間違いとは言いがたいと思います
そして夏侯惇は金銭に固執せず、常に精進し、慎み深く、曹操からの信頼は厚かったですが
実績を見ると一番の名将とは言いがたく
単体の武力は一騎打ちで比較するのが一番公平ですがそれも難しいので・・・
イメージだけで推すなら許褚でしょうか
魏で将として最も優れていたのは、と聞かれるなら
小生は張遼・張郃・曹真らを推します
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諸葛亮です。
司馬イは諸葛亮より自分が劣っている事を認めていましたし、司馬イと諸葛亮との対戦は諸葛亮の方が勝っていました。
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司馬懿(字仲達)です。
選ぶべき国も間違えなかったし、上だったと思います。
諸葛亮(字孔明)は演義の影響でスーパーマンみたいに描かれているが、名政治家で軍事は得意ではありません。
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