三国志において演技や三国ゲームなどではヘタレ・愚将扱いされているが本当は史実では優秀だった人物は?。またその逆にゲームでは優秀扱いだが実際は・・・な人物もいますか?
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このご質問に対する回答としては2000字では到底足りません。本が一冊どころか三冊は書けますね(笑)。
『三国志演義』には約1500の人名が登場しますが、そのうち過半数は不当に低い評価を受けています。蜀漢の一部の人物を除くほぼ全てがおとしめられていると言っても過言ではありません。
一例を挙げると袁紹・袁術・劉表・呂布などの滅んでいった君主とその子息や配下たち。独立勢力として登場しながら早々と消えていった橋瑁・劉岱・劉ヨウ・王匡・孔チュウ[イ由]・韓馥など。曹魏配下で劉備に敵対した経験のある劉岱・韓玄・金旋といった人物。孫呉配下で関羽を滅ぼした潘璋・馬忠などや関羽・張飛と仲違いした麋芳・士仁・范彊・張達などや劉備の蜀漢を守り通せなかった劉禅を始めとする蜀漢末の武将たち。魏で司馬懿に対抗した諸葛誕・文欽・毋丘倹・曹爽・何晏・公孫淵などの人々。呉の滅亡を止められなかった陸抗を除く全ての人々…。
『三国志演義』が勧善懲悪(劉備が善、曹操が悪)でなおかつアンハッピーエンドの悲劇的物語なので、ほとんどの人物がそのストーリーに合わせて改変・捏造されているのが実状です。そしてそれが日本では浸透してしまっているので、今さら正しい評価をしようにも非常に難しい。
一方でその逆ですが、こちらも『三国志演義』で劉備陣営に味方したりすれば評価が上がります。
例えば公孫サン[王贊]や陶謙などは史実ではかなり暴虐で腹黒いですが良い評価です。また関平・関興・張苞・趙統・趙広・馬岱などの蜀将の子弟、張虎・郭奕・程武・許儀などの魏将の子弟などは、ほとんどが名前だけしか残っていないのに父の七光りで大活躍します。
一方、正史『三國志』に登場し『三国志演義』で無視された約2000にも及ぶ人物たちは、基本的に小説やゲームでも無視され存在を消される傾向がありますね。
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演技と史実は、違うときいてます。横山では、さも、ショカツ亮がシュウユを手玉に取って、いますが実際はゴがほとんどギを倒して、シュウユがその軍を率いていたため、シュウユが凄いといえます。早く無くなったのは、ショカツ亮の手紙では無いですから(笑)ロシュクは政治家であり、軍をそんなに率いたわけではので武力は、ないです。ただ、価値のある戦いを制し、ゴの方向性を指し示した人物として一目おかれ、人事も優れた能力があった。ショカツ亮自身傭兵が得意ではなく内政の人だった、ただ国民から人気があり、間違った事は言わない人で信頼が厚かったそうな。戦はカンウやチョウヒなど優秀な武将に助けられていたと聞きます。実際はカンウと中が悪かったなどの噂も聞きます。ショカツ亮史実には、ほとんど出てないとか、また、史実をもとにするといたのかわからない人物も三国志演技では、出て来ます。チントウとか、演技は三割フィクションです。
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唯一プレイ経験のあるKOEIの三国志Ⅸを基準に考えると…
>ヘタレ・愚将扱いされている
まず劉禅。いくらなんで統率3武力2知力4政治7ってのは酷すぎ。劉璋より低いたぁどういうこった。劉禅は傑出した人間ではないが、暴虐や乱淫にはしったわけでもないのに、ことさら無能扱いされることが多い。費禕亡き後は劉禅が政治を取り仕切ってたっぽいのに。それから魏のメンツ全般。特に于禁、郭淮、満寵。于禁は一流どこには及ばない微妙な能力値。特に満寵は張遼の後釜で功績もデカイのに、軍師としても大将としても何とも言えない感じになっちゃってる。郭淮は張郃と並ぶ対蜀戦の功労者。でもやっぱり満寵と似たり寄ったり。
>ゲームでは優秀扱いだが
あんまり思い浮かばないけど、強いて挙げるなら魯粛かな。さすがに統率知力政治全て90以上は行き過ぎ。戦略家としては5指に入るけど、将軍としてまで優秀かとなれば相当疑問が残る。というか魯粛が軍を率いた機会は少ないのが実情。正史補正の反動ですね。
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朱雋、横山三国志では戦場のヴァルキュリアに出て来るゲオルグ・ダモンみたいな人物ですが実は正史を見ますとちがいますよ。
賈南風、三国志大戦では成長した董白みたいですがじつはブスらしいとか
関興と張苞、蛙の子は蛙るといわんばかりに活躍しますが(父親は関羽と張飛)実際は早死にしたと書いてある位です
馬超、能力ではないですが
実は馬一族の真の仇は彼自身でした
馬超が反乱を起こしたため父親や兄弟が連座して処刑されたのが理由です
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