2012年2月22日水曜日

三国志で過大評価過、小評価の武将を教えてください。

三国志で過大評価過、小評価の武将を教えてください。


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それって、正史の三国志を基準にするか三国志演義を基準にするかで全然違いますよ。



昔、歴史シミュレーションゲームで有名な光栄に

「相変わらず、三国志演義に基づいた蜀の武将、過大評価の武将パラメータに怒りを感じる」とかいう

手紙があり、それで「正史に基づいたパラメータ」とかを自分で作って同封してあったそうです。

それでその手紙に対する光栄の返事は「光栄三国志の原典は三国志演義である」という単純明快なものでした。



私が思うに過大評価とか過小評価とかいう概念自体が意味が薄いと思います。

ましてや日本の幕末とか戦国時代とかならともかく1800年も昔の三国志になるとかなり伝説っぽく劇画化されたものですし,



ちなみに史実の三国志では武将が直接戦うことはほとんどなかったそうです。関羽・張飛が1、2回戦ったという逸話があるだけです。

現代の軍隊は作戦指揮をとる指揮官と直接、武器をとって兵士がはっきり分かれてますが、

それは三国志の時代からしてそうだったようです。

ですから、よくある「三国志、最強の武将は?」とかいう比較は史実的には全くの架空です。

あと孔明とかチュウタツも軍師などではなく史実では只の「優秀な政治家」ですし。



まあ「我々が普通、想像する三国志の世界」と「史実の三国志の世界」は全くといっていい程かけ離れたものです。

そういう意味では三国志に登場するほとんどの人物は本来は歴史に名をとどめるまでもないような人物だったわけで、

ほとんどの人物は過大評価と言えるでしょう。

我々が唐代の人物とか明代の人物とか全然知らないように、

もしも「三国志演義」という文学作品がなければほとんどの人が三国志の人物の名前など話題にすらのぼらないでしょうね。]



日本の一般人が近代の人物や文学作品絡みを除いて中国の人物で知っているのは始皇帝くらいな気がします。

貧民の出でありながら明を建国した朱元璋(中国では豊臣秀吉なみの位置づけ)とか、中東への大航海に乗り出し偉業を称えられた鄭和、中国でまず英雄というとまず名前が上がる岳飛とかですら日本の一般人は知らないです。

それを考えるとこまごまとした武将や官僚や王子の名前が残っている三国志の世界がいかに異常かわかります。



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過大評価は馬超、

過小評価は張ギ(チョウギョク)、馬忠、孫礼


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過大・・・劉備、孔明、五虎将軍。



過小・・・袁紹、張遼以外の五大将、曹仁、ロシュク、張昭、曹丕、曹純、魏延、曹真。



特に曹真・曹純が悲惨だな。


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過大評価 諸葛亮 カコウトン


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iiiq0_0l < コンニチワー



董卓はまるで悪鬼鬼畜のようなイメージですが、あそこまでのイメージは逆に董卓によって追い出され恨みを持った宦官からある事ない事を流されたり、対抗勢力の各太守が大義名分のために作り上げた物と考えるのが自然のように感じます。



あと王平は過小評価だと思う。


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演義においては劉備陣営の武将、文官は過大評価され、曹操陣営、孫権陣営は過小(劉備陣営と比べれば)されていると思いますよ。

三国志演義という歴史物語と正史の評価の差でいうと



過大評価→劉備、孔明、趙雲、姜維、孟獲?



過小評価→曹操、魏延、張郃、徐晃、陸遜、劉表、董卓?



こんなところでしょうか?


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過大評価は諸葛亮ですかね。

確かに素晴らしい軍師だと思いますが、「演義」での活躍は化け物です。

過小評価は司馬懿ですかね。

いつも諸葛亮に振り回されていますけど結構優秀な武将です。


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www三国志大好き。



物語の上で、軍師含めて言うならば

過大評価・・・諸葛亮(ハッタリの天才w)

過小評価・・・その友達のホウ統君(運が無いw)



物語の三国志は、ほぼ諸葛亮の伝説だね。



ちなみにワタシが一番嫌いなのは劉備の息子、劉禅

君主になるべからずな典型的野郎!

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