三国志の正史と演技の違い 三国志の正史と演技の違いをご存知の方
ここが違うよと教えて下さい。
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正史「三國志」は西晋の陳寿が著した中国史の正統な書物、紀伝体という各人物の伝記で構成されています。晋の元となる魏を正統としていますが陳寿自身が蜀の遺臣の為、多少蜀への記載に身びいき(劉備は先主伝とか)があります。「三國志演義」は通俗小説・物語で羅漢中が著者。蜀を正統とみなして魏を悪役にしてストーリーが作られています。
正史「三國志」には六朝の宋の裴松之が編纂者として存在して現在に至ります。正史には当時の記載がある「魏略」「資治通鑑」「後漢書」等もあるが書物によっては史料の真贋を図る必要があります。
基本的には世間一般の三國志は「演義」を指していることが多く、やはり京劇や通俗本の影響が強いです。ただし「演義」も後代に何回も構成が変わっており削除されたりしている点もあります。
「演義」は物語の為、多々正史と食い違う点があります(人物評価や事歴等)。
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正史は歴史書であり作者が陳寿であります。
正史は魏を中心に書いています。蜀はその時代は孔明ファン等が多くてあまり上手く書けないと思ったのか蜀書は少ないです。
極力本当の事が書かれています。
三国志演義は小説であり蜀を正統な国と書かれていて作者は羅漢中です。
魏を悪者と書かれており架空な話も3割弱入っています。
関羽の腹心周倉は架空の人物ですが三国志演義のせいで墓まで作られているそうです。
その事からも人々に影響を与えた三国志演義の方を史実と思う人も多いです。
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三国志の正史は西晋の陳寿が著したものですが、きわめて簡潔な叙述であったため裴松之という人が註をつくりました。正史とこの註を元に小説的な脚色を加えたのが明の羅貫中の三国志演義です。演義は歴史の大筋に変更を加えていませんが、劉備陣営を主役にして美化し、逆に曹操陣営を悪玉にしています(ですから正史の陳寿が劉備びいきと回答している方は勘違いしています)。細かい違いはたくさんあるのですが、たとえば有名な桃園結義は正史にも註にものっていませんし、正史では病死しているひとが演義では戦死していたりします。
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史書「三国志」を書いた陳寿は蜀の出身なので。劉備ひいきで書かれています
三顧の礼:出師表に三顧と書かれているのを100年後の裴松之が追記したようですが
三顧は三度尋ねたの意であると解釈できるそうです。史実は如何にですね
羅漢中は明の時代の小説家です。大衆受うけする話を入れて作成しました。読み物としては傑作です
(日本の忠臣蔵も同様です)
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