三国志で連環の計って二つ有りますよね?
なぜでしょう?
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他の回答者さんの、おっしゃる通り、三國志演義には2つの連環計が出て来ますね。
ただ、連環計という計略の元々の意味は、「いくつもの兵法を張り巡らし、より大きな効果を狙う」事を指します。
ですので、正確には、一つの作戦に対して、複数の計略を利用している物は、どれも連環計という事になりますね。
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連環の計で調べればすぐ答えは出てくる。
中国の兵法書に挙げられる兵法の一つで、あたかも鎖の環が連なり合うように、複数の兵法を連続して用いるものである。複数の計で大きな効果を狙ったり、複数の勢力を連立させる等して敵内部に弱点や争点をつくりだし足の引っ張り合いをさせる兵。
2つともその兵法なのだから同じ名前であってもなんら不思議ではない。
そんな常識知ってますよね。
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先の回答者の捕捉ですが
通称は
1美女連環の計
2連環の計
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一つ目は王允と貂蟬の連環の計です
貂蟬という16歳の美女を使って当時の独裁者、董卓と、その部下の呂布を仲違いさせて呂布に董卓を殺させました。
二つ目は赤壁の戦い、龐統が船に不慣れな曹操軍に「船同士を鎖で繋げば揺れが少なくなる」と助言し、曹操はその言をいれて船同士を鎖でつないでしまいます
結果、鎖につながれた事で一艘一艘の自由を失った曹操軍の船は呉軍による火計で大きな被害をだしてしまいます
この二つは名前は同じですが別物です
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